

今回の著作はお笑い芸人太田光と人類学者中沢新一の対談『憲法九条の「損」と「得」』。2006年に刊行された『憲法九条を世界遺産に』の続編となる。憲法記念日に地元書店で立ち寄った際に目に付いたもの。旧著が面白かったのもあって衝動的に購入。改めて書棚に眠っていた旧著も取り出し読み直して、新著との読み比べをした。
本書の憲法議論を巡る立ち位置は護憲である。人類学者とお笑い芸人との対談のため、法学やイデオロギーの解釈ではなく、宗教的、芸術的立場からの解釈となる。基本スタンスは旧著と変わらず。既にこのスタンスの取り方がやや古いかもしれない。
違いは環境が大きく変わったこと。①東日本大震災を経験したこと②現政権のありよう。
著作は旧著のほうが、面白い。著者自ら言っているがが、旧著時の熱量が消失し、特筆すべき新たな内容も無い。
旧著の復習
ヨーロッパの自由主義思想と異なるアメリカ建国精神である、同盟精神、合作精神が発露し日米の合作で突然変異的に出現した日本国憲法において平和憲法を歌う九条は世界の珍品であり、日本にとってはたったひとつ残されたドリームタイム、あり得ない場所として拠り所となっている。現実の憲法はドンキホーテとサンチョパンサの理想家と現実家の二人三脚の政治により運用されてきた。非戦を詠う九条はありえない憲法であり、矛盾を孕んでいる。憲法を改正しその矛盾を解消しようとすると別の形の暴力が発生するおそれがある。むちゃくちゃな憲法である一方、人間の愚かさを記憶しておくためにも憲法九条は世界遺産に推薦する。
新著の内容
旧著はスローガンにほだされたところがあるので、今回は損得の点から九条を見ていきましょうというスタンスではじまる。命題として「日本の本質的な姿に照応した憲法であるべき」と問い、ブレッグジッドを例に、理性より情動が優る国民投票の前にじっくりと議論を重ねることが肝要とする。本質的姿を「伝統」とし、南方熊楠と昭和天皇との出会いを例に、「日本列島に充満するどでかいスピリットがぐーんと動き出す」さまを伝統とし、その象徴として「形としぐさの集積体」である天皇を引き出し、日本に照応する憲法は、言葉や論理上の整合性を追求した先にあるのではなく、前述した伝統を追求した先にあるのではないかと呈示している。
新著への反応
「日本は中空構造です。その時その時で、柔軟に対応して解釈していくのが、ふさわしい。」という考えは社会文化的文脈に論理の根拠があるのだろうが、ぼんやりしていて、府に落ちにくい。
「日本は縄文と弥生のハイブリッドの文化です。」という説明は本当に日本独自なのか疑問。日本に意味付けをするとき多用される論理だが、地球上の文明は少なからず、縄文的狩猟採集から弥生的農耕牧畜の移行は経験しているのではないだろうか。
宗教的芸術的観点からの憲法改正論議は、マジョリティーの同意するところとはならず、一石さえ投じえないのではないか。