嶺岡山

長狭街道を走りながら、毎日、目にする嶺岡山を見て「しかし、平らだな」とふと思う。普通、山と言うものは富士山のように独立した円錐形であったり、南アルプスのように山脈であっても峯を頂き、所々にピークを構えている。だが、嶺岡山は山というより丘陵が連続しているとも見える。一方北に目を遣ると房総丘陵はいくつもの剣を抱き集合している。山の成り立ちに大きな違いが在りそうである。「房総丘陵は集まって成り立ち、嶺岡山は引っ張って成り立った」ように感じた。門外漢なので適当に印象で話している。しかし、嶺岡山と対を成している長狭平野のことも考慮すればあながち間違いとは思い難く、もしかして嶺岡山で発生する地滑り現象もその力と無関係とは云えないかもしれない。その比較的なだらかで高低差の間隔の小さい形状は社会的経済的に有効利用するには向いており、嶺岡の牧のように、入会権以上の転換利用も行われてきている。或いは棚田の成り立ちの根元は地滑り現象で発生した土地を有効利用したとの話もある。宅地利用もされ、川代区では標高の高い場所での集落が形成されており、時代が大きく下っていくと、宮地区では中規模な別荘地開発もされている。この山は此処に暮らす人間の心の様を映し出しているようでもある。そう、この山を眺めていると、鴨川の特長或いは、鴨川人の気質というのもうっすらと見えてくる気がする。