床屋

私、髪の毛はないのだが、二週間に一度床屋へ通う。清潔感を人に与えることは大切だからだ。清潔感とは身だしなみ等から来る印象に過ぎない。印象だから人により受け取り方は様々で、時代により変化するものかもしれないが、基本的な共通認識はあろう。修飾に頼らない折り目正しい装いとか、爪や髪の毛を切りそろえるとか。いずれも見た目のことだが、実践するには習慣化していなければならない。習慣化というのは心の在り方なので、その人そのものとも云える。即ち、清潔感とは見た目ではなく、心が準備されているかということになってくる。だらしない服装とか爪が伸びているとか髪の毛がぼさぼさというのは、どうも・・・・敬遠しがちである。長男に昨日から床屋へ行こうと誘っていたが、夕方になり、床屋行く!と言い出した。子供には床屋へ行くという習慣はまずない。行ったら行ったで、「動かないで」とか云われたり、毛がチクチクしたりで、いい印象もないようだ。椅子に座り、襟巻きされ、鏡に向かう。もぞもぞしながら、口をとんがらせながら、長男は坊主になっていった。また、これで「おとうさん、そっくりね」なんて云われるんでしょうけど、髪は心を覗く窓であるならば、窓は磨いておいたほうがいい。