アイパッド

子供等にipadminiを買った。細かく言えば、購入したのは10日前で、各種調整を終え、シェイクダウンしたのが子供の日となった。三年生になった長女は、お友達の家に遊びに行ってもゲーム、母親のスマホをいじる。という様子。自分のことを振り返っても、現在の子供らの置かれた環境を鑑みても、デジタル機器との接触は不可避であり、これらとの付き合いは・・・・というやや重い文脈も背後にありつつも、あっけらかんとしながも、細心の配慮を備えつつ、「やくそくごと」という念書を書かせ、与える。その瞬間の笑顔ははち切れそうだった。その後の彼女の行動が落ち着いたものになったのは、何かが備わった証拠だろうか。制限でも開放でもなく、たいせつなのは、長男長女が興味を持ったその瞬間に、その道具が、どのようにそれを「導いてくれるか」であり、或いは、問題にぶつかった時に、その道具がどれほど「無力」であるかを知ることにある。その瞬間瞬間に良識ある大人として、問題解決のヒントを与えること。その経験と距離感がきっと長男長女を成長させてくれるだろう。しかし何故か分からないが、「こどもの日」というのは、全ての祝日の中で一番、清々しく感じる。良い日だ。