下草を刈り、下草を想う

楠は堂々と天を覆う。この時期、一斉に古い葉を散らせては新しい葉を纏い始める。楓は森の緑の中でも一段、明るい。透き通るような緑はポップカルチャーみたいに若々しい。巨樹のもと、下草は小うるさく吠えているようだ。同種同形で揃えた茎や葉をした下草は一面に生えそろい小魚のように群れ泳いでいる。或いは、耳元に近づく蚊のような煩わしい音を立ている。刈ねばならない。青い汁が切断された茎の断面からじわりじわりと流れ出るように、太陽の当たらないほの暗い道端に陰鬱ににおい立つ。首と足を切られた下草。葉を裏返らせて白い腹を見せて横たわる下草。明日になればその体は乾燥している。それでも下草は半月もすれば元のような姿になって再生している。「草」は大地からあふれ出る無限の力を溜め込んでいる。「民草」とも「草莽」ともいう。或いは「草」は光の当たらない未精製状態でもある。「草稿」とも「草野球」ともいう。いずれもしても「草」は想像以上にタフな奴らだ。