例えば鑑という言葉がある。歴史の世界では鑑は正しい歴史とされ、旧くは日本書紀等から時の権力が自らの正統性を証する為にあまた編まれている。前提に歴史は、時に近現代のアジアを見ればわかるように、百の権力があれば百の解釈が成り立つ。それでも過去の歴史に照らして自らが正しいことを述べようとしてきた。また一方で自らの職業たる不動産鑑定士にある鑑という言葉は、「不動産の現実の取引価格等は取引等の必要に応じて個別的に形成されるものが通常であり、しかもそれは個別的な事情に左右されがちのものであって、不動産は適正な価格を形成する市場を持つことが困難であり、従って、不動産の適正な価格については専門家としての不動産鑑定士等の鑑定評価活動が必要となるものである。」とされるように、不動産の価格を表にプロットするればランダムである。その中から手本、模範となるべき取引価格を抽出し分析し試算して、適正な価格を決定する。此処では鑑は手本、模範であると解される。子供も未来も野放図にすれば不規則きまわりないランダムな点となろう。地域は人は親は、鑑として手本であり、模範であり続ける責務があるように思える。