心配の種

心配の種はつきないものである。多忙な人も暇な人も一つや二つ、或いは七つや八つ、心配事はやってくる。ある日突然悪いこと等していなくてもやってくる場合もあれば、遠因は自分が作ったものの場合もあるし、直接ダイレクトに心配事を埋め込むこともある。種は種であって、発芽してなくて、どんな芽が出てくるかは未だ決まっているわけでないだろう。或いは世話のかけ方によって左右されるかもしれない。世界は見方によって大きく変わる。よし、それならば心配の種から希望の花を咲かせてみよう。