学級崩壊立て直し請負人: 大人と子どもで取り組む「言葉」教育革命

雪が続いた週末に比すれば暖かめの週末となり、眼前の県道千葉鴨川線下り横渚付近はいつもような週末の渋滞風景を呈していた。

午前中は小さめの冒険、お昼は祖父祖母の元。午後からはひな人形を出そうということになったがなんだか中途半端に終わってしまった。

近所の子等とサッカーやらバスケットやらバトミントンやらドッジボールやらで、息切れしてしまった。長女の最近の流行は縄跳び。ずっと二重跳びやらはやぶさやらを全く飽きもせず飛んでいる。驚。

 

子育てに悩みがある訳ではなく、インターネット動画で見た「菊地省三」という小学校教師に興味が湧いたので、調べると著作も多いことから買って読んでいる。今読んでいるのが上述の著作。現場の小学校教師31年の経験に裏打ちされた珠玉の言葉が並ぶのだが、昨日読んだところでは「最近の親御さんは子供に「優しくなってほしい」とか「この子らしくあれば」とかが多く、本当にそう思っているのか?考えるのを止めてしまっているのではないか、もう一度「我が子はこうあるべき」と考えて育てて欲しい」という点が印象深かった。長い人生である。勉強は続く。それでもそれをし続ける「根源的な目的」どういう大人に育てるのかは明確にし口に出し、共有化しておく必要は極めて強い。